Aug, 21, 2011
Tokyo, Japan
用意周到だった、中村とうようさんの自死。SFで、彼の死を聞いた時は、確実にひとつの時代が終わった!と感じた。また、次から次と、60~70年代のポップ・カルチャーの先達が逝ってしまって、一体どうしちゃったんだろう?なんて思ってた。最近本当に多いよね。
昨日出たミュージック・マガジン9月号に掲載された、最後の彼の連載「とうようズ・トーク」は、遺書めいた内容になっていた。自殺した日が、そもそも、79歳の誕生日の4日後。これで「享年」は、日本では「80歳」と言う事になる。財産である、貴重なSPレコード、世界中から集めた楽器類は、すべて、新しく出来た武蔵野美大資料館に寄贈された。もうすべてが、計算された予定内の行動だったんだ、と、つくづく思う。だから、それほど悲しむべき事ではないのかもしれない。実際、最後の「とうようズ・トーク」でも、かなりカジュアルに「と言う訳なので、読者のみなさん、さようなら。中村とうようというヘンな奴がいた事を、ときどき思い出して下さい。」と、締めくくっている。
でも、我々50代以上のロック音楽ファンにとって、彼の存在は、本当に大きかった。もし、「ニュー・ミュージック・マガジン」(現「ミュージック・マガジン」)や、「レコード・コレクターズ」が、無かったら?なんて、今となっては、想像もつかないよ。
ありがとう、とうようさん。

Aug, 21, 2011

Tokyo, Japan

用意周到だった、中村とうようさんの自死。SFで、彼の死を聞いた時は、確実にひとつの時代が終わった!と感じた。また、次から次と、60~70年代のポップ・カルチャーの先達が逝ってしまって、一体どうしちゃったんだろう?なんて思ってた。最近本当に多いよね。

昨日出たミュージック・マガジン9月号に掲載された、最後の彼の連載「とうようズ・トーク」は、遺書めいた内容になっていた。自殺した日が、そもそも、79歳の誕生日の4日後。これで「享年」は、日本では「80歳」と言う事になる。財産である、貴重なSPレコード、世界中から集めた楽器類は、すべて、新しく出来た武蔵野美大資料館に寄贈された。もうすべてが、計算された予定内の行動だったんだ、と、つくづく思う。だから、それほど悲しむべき事ではないのかもしれない。実際、最後の「とうようズ・トーク」でも、かなりカジュアルに「と言う訳なので、読者のみなさん、さようなら。中村とうようというヘンな奴がいた事を、ときどき思い出して下さい。」と、締めくくっている。

でも、我々50代以上のロック音楽ファンにとって、彼の存在は、本当に大きかった。もし、「ニュー・ミュージック・マガジン」(現「ミュージック・マガジン」)や、「レコード・コレクターズ」が、無かったら?なんて、今となっては、想像もつかないよ。

ありがとう、とうようさん。

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